絵本の思い出① 『いっぽ、にほ…』と『いち、に、のさんぽ』のこと
- 8月12日
- 読了時間: 5分

私の子どもの頃、絵本を両親に読んでもらった記憶はなく、家に絵本もほぼなかったと思う。少し児童向けの本があったくらいで、あまりにも少なかったからそれらのタイトルを今でもはっきり覚えている。実家は北陸で、私は近くの小さな幼稚園に通っており、絵本はそこで読めばいいということだったのかもしれないが、多分、そうでなくても絵本を買い与え読み聞かせるようなタイプの両親ではなかっただろうと思う。それがいい悪いではなく、40~50年前の昭和の地方都市というのはそういうものだった(おそらく)。もちろん子どもと絵本を楽しむ家庭もたくさんあったとは思うが、今のように「子育て期における読み聞かせの重要性」を重視する文化のようなものは世間にもまださほど定着してはいなかったのではないか。私より年上の兵庫出身の夫もまったく同じだったそうだ。絵本?買うてもうたことなんてないで!
だから、20代後半になって京都市の某書店に勤め始めた時、6-7歳ほど年下の同僚たちが「この絵本好きだったんです」「懐かしい~」と毎日入ってくる絵本に向かって語るのを見て文字通り仰天したものだった。世の中には二種類の人間がいる。幼少期の絵本の思い出がある人間とそうでない人間の二種類が…としみじみ感じ入った。文化資本の差である。
それでも、遅い出産で生まれてきた一人娘には、たくさん絵本を買って読んであげようと思った。読んで反応をみたり、感想を聞いたり先を考えたりする。きっと面白いに違いないと。しかしその「面白い」は、自分からの視点で考えているわけで、そこらへんが子どもとして絵本に触れた経験の乏しい人間らしさかもしれない。子どものために、より、自分が読んでみたいから、なのである。
そして始まった、大人になってからの絵本生活はとても楽しかった。娘の反応もだけど、私自身も好きな作品や傾向がどんどん出てくる。これは大人向けの本と変わらない。娘の好きな絵本と私が好きな絵本は合致したりしなかったり、でも気にしない。自由に読んで聞いて自由に開いて閉じればいいのだから。絵本の気軽さ気楽さにも気づかされた。読む絵本のほぼすべてが私は初読なわけで、汚れちまった大人の目だけど、初めて読む作品はどれも新鮮だった。そんな、子どもが生まれてからようやく人生で初めてちゃんと触れた絵本の世界を、思い出とともにちょっとずつなんとなくここでは綴っていこうと思います。長くなりました。
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この『いっぽ、にほ…』は童話館ブッククラブからの配本絵本。小さな女の子と母親の何気ない散歩を描いた作品で、本当に、子を持つ親なら誰でもする「ちょっとそこまでの散歩」が色鮮やかに視点瑞々しく描かれた佳品。鳥、空、車。草や空気や人の声。(挿絵を見る限り)生まれて2年経つか経たないかという子どもが見つめるこの世界を、作中の母親だけでなく、ページを開き声に出す大人にも気づかせてくれる。ああそうやね、こんな鳥いるね、車はこんな風に走るね…と子どもに話しかけながら自分にも語っている。作者ゾロトウの幼な子への視点がどこまでも優しく雨上がりの庭のようにきらめいている。これを娘に読みながら、私は、今はどんな音がするかねえ、と窓から外を見てみる。狭い住宅街ゆえ見えるのはまあ向かいの家の屋根と電線なのだけど、隙間から空が見える。飼い猫も窓辺からその空を眺めている。小さな空を三人で眺めながら、この絵本の子が見た空もつながっている、と感じる。日本の電線だって悪くない。また散歩に出ようねえと娘に話す。そんな思い出ももう10年近くも前のことになってしまった。
この作品はもうひとつ別バージョンもあり、そこでは絵の雰囲気がかなり変わる。『いっぽ、にほ…』では挿絵はロジャー・デュボワザンが担当しており、母親と子どもの衣装もワンピースやコート姿がどことなくクラシックで、1940-50年代のアメリカといった雰囲気である。デュボワザン版の初出は1955年とのこと。もう一冊は80年代に出されたもので『いち、に、のさんぽ』というタイトルでトモ企画から邦訳版が出ている。絵はシンディ・ウィーラー。こちらは70-80年代らしいカジュアルな服装の親子で、それぞれセーターにズボン姿のため、ぐっと現代に近づいている。女の子も心なしかデュボワザン版より年齢が上に見えて頑是なさが減っている。いやこの子もう色々わかってるって、なんて思ってしまう。最初に読んだから、ではないが、私個人はデュボワザンの絵の方が好みである。自分の時代よりはるか昔にもこういう情景があった、と感じられるのがいいのかもしれない。ウィーラー版は、内容も80年代の風俗に合わせ少し改変されている。まだ存命だったゾロトウもそうしていいと判断したんだろうけど、少し寂しい気もする。しかしそれはそれで別の味わいがあり悪くない、とも思う。
ところで、この童話館ブッククラブは、小児科のカウンターに置かれていたチラシで知り申し込んでみたもので、毎月2冊の絵本が届くコースだった。残念ながら我が子は絵本が届いたからといって喜ぶタイプとは若干異なっていたが、私自身はとても楽しみにしていた。今は小学校高学年となり退会してしまったけれど、本当にこのクラブにはお世話になったと思う。おそらくそんな親子はたくさんいて、古書市場でもこのブッククラブのラインナップであろう絵本はたくさん見かける。様々な家庭で役割を終え、また新たな読み手の元にはばたいていくのを待っている。それを見かけるたびに、よっお久しぶり!と私は心のなかで呟いている。

この2冊はオンラインショップの「300円均一コーナー」でも販売中です。よろしければ(売り切れの場合もあります)。
